2012年7月28日土曜日

革新的な停滞感—Purity Ring "Shrines"


ロ・イ・モアが好きな僕のような人間にとってはたまらない作品だ。Purity Ringは男女2人組みによるエレクトロ・ポップ・ユニットで、昨年の1月に最初のシングルをリリースすると瞬く間に人気者となり、ベッドルームの少年達から今もっともハイプされている新人と言っても過言ではないだろう。つまり、満を持してのデビュー盤である(ライブでのし上がってきた訳でもなく、作品も流通していないにも関わらず相当の注目を浴びるという構造は、Washed Out以降はもはや珍しいことではない。一見民主主義的な仕組みに見えるが、これはこれで色んな危険性があると思っている・・・この話はまたの機会に)。ヒップホップからの影響を感じさせるメロディアスなトラックにエレクトロらしいシンセや多様なビートを展開する手法が素晴らしく、キュートな女性ボーカルによるメロディも一瞬にして耳に残る。どの曲も本当に良くできているが、音圧の変化が見事な"Saltkin"にはインディー・シーンにおけるダンス・ミュージックの新しいかたちさえ見えてくる。まぁ、傑作と呼んで間違いないでしょう・・・

それにしても、全編を通して高いテンションをキープしている作品であるにも関わらず、重い雰囲気を感じさせる場面もある。この煮え切らないムードはどこから来るのだろう。

一昨年から昨年にかけてインディー・シーンで人気を集めたチルウェイブというジャンルは、過剰なリバーブやコンプレッサーでコーティングされたポップミュージックだった。それは現在に対する不安や将来に対する諦めから生じる現実逃避、つまりノスタルジアの表象として分析された。"Shrines"はリバーブもコンプレッサーも控えめだが、現実逃避という点から見れば、チルウェイヴに通じるものがある。ということは、これはサウンドのトレンドうんぬんという問題ではないのかも知れない。金融危機や中国の台頭といった時代の流れは、間違いなくこれまで覇権を握ってきた白人の意識を変えつつある。そのフィーリングを音楽がいち早くピックアップしているという考え方は、やや飛躍しすぎだろうか・・・



2012年7月23日月曜日

Song of the Week




界中から絶賛された前作から2年。新作に先駆け久しぶりにリリースされた新曲は、アリエル・ピンクがただのヤク中ではなく、紛れもない天才であることを証明する名曲となった。ローファイな演奏やアリエルの人を食ったようなふざけた歌い回しは相変わらずだが、ハーモニーを効果的に取り入れ、ビーチ・ボーイズさえ連想させる恐ろしく完成度の高いポップソングに仕上がっている。そのメロディもギターフレーズも一瞬にして耳を虜にする上に、きちっと3分間に収められているところに職人技を感じられずにはいられない。

しかし、ビーチ・ボーイズとの決定的な違いは、それが計算によるものなのか天性のセンスによるものなのか全くわからないところだ。なにせ、ドラッグと酒に溺れたこの倒錯者は、こんな素晴らしいポップスを作りながら、ライブでは不機嫌になって逃走したり、9.11をテーマにした意味不明な組曲を作ったりするのだから。その余りにも支離滅裂なキャラクターはしかし、USインディーシーンにとっては欠かせない存在となっている。彼をカート・コバーンに重ね合わせてしまうのも僕だけではないだろう。2000年代における「最後のカリスマ」という称号さえ遠くないとさえ思えてくる、そんな曲だ。

2012年7月15日日曜日

生の持続の中にある小休止—『ヘルターススケルター』



「タバコの魅力は、それが生の持続の中に小休止をもたらす点にある。(中略)物事は常に変化しているけど、タバコみたいに、いつも同じで頼りになるものがある。死を欺くとでも言うべきか。それなのにタバコは人を殺す。だからそれを吸うことはさらにセクシーになる」


先日読んだダミアン・ハーストのインタビューにおいて、「あなたの作品はなぜ単体ではなく、シリーズで作られるのかという」質問に対して、彼はタバコを例に挙げながら冷静にこう語っている。彼の作品を知る読者ならば、彼のこうした考えがミニマリズムの思想に基づいたものだということを知っているだろう。同じものが並べられ、持続する。現実ではありえないこのコンセプトは、「生きる」ことを考えなければならない人々に癒しを与える、いわば究極の現実逃避である。

『ヘルタースケルター』の中心テーマもまさにこれだ。大衆の欲望の権化であるリリィ(沢尻エリカ)、あるいはその欲望を形成している大衆は、何故終わることなき美の追求に自らの命さえ捧げるのだろう。それは、同作品で語られているように、死の存在を身近に感じることが、自分が生きていることを実感できるからに他ならない。私たちが雑誌や広告でモデルを見るとき、その完璧な身体のフォルム、一瞬の隙もない笑顔は同じコインの両面を写し出している。片方は「生の持続の中にある小休止」、つまり「生」を超越した美しさ。もう片方は逆説的に、死と隣り合わせにある存在としての美しさ。その両極端が尖っていればいるほど、彼女たちはセクシーになれる。「危険だ」と言って否定することは簡単だが、その危険さこそが美しさの魅力であることを思い知らされた。

Lianne La Havas "Is Your Love Big Enough?"


M1"Don't Wake Me Up"が鳴った瞬間、その驚くべきボーカルのハモりに僕はジェームス・ブレイクを連想せずにはいられなかった。歌い回しはどことなくトム・ヨークに似ているし・・・控えめなアートワークとは裏腹に、R&Bの作品の導入としては実に実験的で、Corinne Bailey RaeやFeistといった女性シンガーたちとは異なる個性を持っていることを暗に示しているかのようだ。そして実際、どこか中途半端にポップで中途半端にパーソナルなコリーヌやファイストに興味を持たなかった僕のツボを見事に突いてくれた。ポスト・ダブステップのアクセントがかすかに効いたR&Bというか・・・(のちに知ったことだが、彼女はイギリスのロンドン出身で、前述したジェームス・ブレイクやレディオヘッドの大ファンに違いない)。

しかし、作品が進むにつれ、徐々に際立つようになってくるのはボーカリストとしての彼女の魅力だ。圧巻は何と言ってもM3"Lost and Found"である。ローファイなピアノ、ギターそしてドラムによる短い前奏が終わると、彼女の語りかけるようなかすれた声が部屋いっぱいに広がり、周囲の空気を一瞬にして変える。Cメロで一瞬だけメジャーコードが導入される曲の展開も秀逸で、ありがちな涙を誘う叙情的なバラードではなく、幻想的な雰囲気を持った楽曲へと仕立て上げている。飽きることなく、これから何度も聴き続けるだろう。

1989年8月23日生まれ。新人の黒人R&Bシンガーにしては決して「若い」とは言えない年齢かも知れない。ルックスもまぁ普通だし、有名なプロデューサーがバックにいるわけでも、強烈な個性を備え持っている訳ではない。しかし、ここ数年のイギリスの取っ散らかった音楽を見事に吸収しながら、その圧倒的な歌唱力を持ったまぎれもないアーティストとしての産声を上げた『Is Your Love Big Enough?』は、嬉しいサプライズとして多くの耳を虜にするだろう。



今月の本棚



左から:デイヴィット ロックフェラー『ロックフェラー回顧録』/『美術手帖 特集/デミアン・ハースト2012年 07月号』/David Nicholls 『One Day 』/Katherine Boo『Behind the Beautiful Forevers: Life, death, and hope in a Mumbai undercity 』

2012年7月6日金曜日

Song of the Week


tofubeats "水星 (Original mix) feat, オノマトペ大臣"


この曲と作曲者のtofubeatsを巡る壮大な物語は、同曲の特設サイトでイルリメが丁寧に解説している:
添付されたmp3の完成度と、自己紹介として書かれていた「神戸在住16歳の現役高校生」という若さのギャップから、このキャラクターを紹介し「本当にコイツは16歳か?」と顔の見えないネットラジオの中でプロレスをしかけました。するとさすが関西人らしく彼は、高校の学生証の写真とmp3を添付したメールを寄せ「本当に高校生です!」とノッてきたので、この流れがいかにも顔の見えないラジオの楽しさを感じさせ、次回でも「こんな学生証なんて信じられない」と話題にして引き続きラジオの中で盛り上がっていました。で、そんな「神戸在住16歳の現役高校生」というキャラクターに感化された人間もいたようです。それを聴いてtofubeatsという存在を知った、当時の彼と同世代の10代のクリエイター達でした。「こんな年齢でやっているやつがいるのか!」「おれもラップしてます!」そんな感じでtofubeatsのまわりに感性がつどった。それまでぽつん、ぽつんと不安げに存在していた新しい感性の点と点が嬉々と繋がり線となり、さらに線は繋がり続け、ひとつの輪郭を描いていきました。その輪郭のタッチは年月とともに深まり、やがて遠くの人からでも見えるようなほどの色濃さを見せていきます。 その輪郭の形を、遠目から見た人が、昔の人間が星座に例えたように、「あの形は熊のようだ」「いや、白鳥のようだ」と言い始めればそれは新しい歴史的なシーンの誕生です。
・・・こんな文脈を抜きにしても、ああ、この感じ—なんて懐かしいんだろう。何も考えず、ただひたすら目の前のことに熱中していたあの頃。あるいは、ネットを見ていたら一日が終わってしまったあの日。考えるより先に人を好きになってしまったり、なんとなく不安になったり。表面では強がっていても、誰かにこの気持ちを伝えたい—そんな願いを叶えてくれる存在が、あの頃の音楽だった。

この曲がかかるあらゆる場所で、あらゆる男女が出会い、手を握って、キスをする光景が目に浮かぶ。あるいは、ラップトップに向かうトラックメイカー達が、目を輝かせながらこの曲の素晴らしさについて語り合っている場面も。とにかく、誰かに会いたくなる曲だ。夜が明ければその感情は跡形もなく消え去り、それぞれの日常へ帰って行くだろう。だがその儚さこそが青春の魔法。どれだけ世の中が便利になろうと、夢や、恋や、バカな無駄話はなくならない。むせかえるほど過剰にかかったオートチューンとチープなシンセ音に乗せて、この曲は、毎晩のように魔法をかける。全ての若い男女に捧げる名曲。