2012年6月30日土曜日

「イタリアン」ではないイタリアンの良さ


スタやピザが食べたいと思ってイタリアンレストランに入った瞬間、他のものが食べたくなって後悔するという不思議な現象がよく起きる。関内・日本大通り駅に面したヴェローチェの地下にある「陽気なイタリア酒場 E'Carina」は、そんな心理現象に応えようとランチメニューに「ビフテキ丼」が用意されている。イタリアンならではの発想で改良を加え続け、他にはない本格的な丼モノ料理となっている。

「ビフテキ丼 パート3」(1050円、サラダバー&ドリンクバー付き)はその名の通り、3回にわたって改良が加えられている逸品。「パート1,2とどこが違うのか」という質問に対し、店員さんは「よくわからないけど、揚げたタマネギが加えられたり、そんな感じ」と答えた。やや不明瞭ではあるが、笑、その凝った盛りつけを見れば手のかかった料理であることは一目瞭然だ。そして、驚くほどさっぱりしたステーキと欧風のライスとの相性が素晴らしい。イタリアンを敢えて頼まず、出てきた料理がやっぱりおいしくなくて「やっぱりパスタ頼んでおけば良かった」という2重の後悔も皆無。何より、「ここでしか食べられない料理」に出会えたという感動に浸ることが出来る。「良い意味で裏切られる」とはこのことだろう。




2012年6月27日水曜日

ポストロックはポスト震災ではない—toe "The Future is Now EP"










ートワークを見比べれてみれば、その違いは明らかだろう。ポストロックの代名詞として、今もなお国内外から絶大な支持を集める『the book about my idle plot on a vague anxiety』では、じっと先を見つめるシカの鮮明な写真が使用されている。それはその後のポストロックのイメージを決定付けたと言っても過言ではないだろう。森、風、動物・・・よく「エモーショナル」と形容されるが、人間が暮らす社会とは切り離されたこれらのイメージが抽象化され、ポストロックと呼ばれるバンド側の音作りに少なからず影響を与えているのではないだろうか。
それが新作『The Future Is Now EP』ではどうだろう。真っ黒な鶏の頭部と少年を合体させた不気味な存在が教会の前で曲がったスプーンを握っているという、かなり意味深なアートワークになっている(アーティストの高木耕一郎が担当)。曲の方も、2009年作『For Long Tomorrow』から導入し始めたエレクトロニクスをさらに大々的に投入し、各パートの存在感よりも全体の空気感を意識した音作りへと向かっている。



彼らの中で何かが変わった。それは何だろう。

当然ながら考えられるのは、震災が彼らにもたらした変化だ。昨年の3月22日、彼らは被災者への義援金を募るために新曲「Ordinary Days」をレコーディングした。この曲に関しては"goodbye"に勝るとも劣らない名曲だが、あの瞬間彼らは『the book…』の自然主義を捨て、いち人間としての「日常」を取り戻すことを宣言したのだ。彼らが「ポストロック」という称号と、そこに付随する抽象的なイメージを捨てた瞬間だと言い換えることもできるだろう。
その結果、『the book...』の頃のエモーションは消え去り、残ったのはありきたりな「共助」というメッセージだ。SNSっぽい感じのPVで話題をさらった彼らは、今やポカリスエットのCMを担当するようになった。もちろん、彼らの実力と音楽に欠ける情熱を知る者であれば、それは喜ぶべきことなのかも知れない。しかし、いくつもの楽器を重ねたことで4人の存在感が薄まってしまった楽曲を聴くと、その変わり果てた姿に彼ら自身が戸惑っていることは明らかだ。
toeの熱心なファンならば、彼らがコンセプトを作らずに思いつきで曲を制作するバンドであり、楽曲に向かうスタンスは変わっていない、という反論もあるだろう。もちろん、これは震災をテーマにしたコンセプト・アルバムでもなく、第一、4曲入りのEPで彼らのスタンスを評価することは間違っているのかも知れない。しかし、カフェのBGMにもなりそうな楽曲をtoeが作ることに、何の意味があるのだろうか。少なくとも、僕にはその答えがわからない。



2012年6月20日水曜日

細胞で感じるダブ—Moritz Von Oswald Trio



ニマル界のバトルスとでも言おうか。なにせ、モーリッツ・フォン・ オズワルド(ベーシック・チャンネル, リズム&サウンド)、マックス・ローダーバウアー(サン・エレクトリック, NSI)、ヴラディスラフ・ディレイ(LUOMO, Uusitalo)という、ジャーマン・エレクトロニカの大御所を集めたスーパーグループだ。まぁ、そんなことはどうでもいい・・・なぜなら、彼らはその肩書きに恥じることなく刺激的な音楽を鳴らし、「ミニマル・ダブ」という未開のジャンルをダンスフロアにまで持って行ったからだ。最大の魅力は、聞き手を飽きさせない音色を生み出す創造性と、生演奏であることを強く意識させる独特のグルーヴを携えた「バンド」であるところだ。電子音楽、特にミニマル・ミュージックの分野で彼らのようなバンド感を持ったアーティストは希有で・・・というよりそんなことをできるのが彼らぐらいなのだろう。

どの作品も素晴らしいが、ダビーなベース、トライバルなパーカッション、そしてグリッチ音が縦横無尽に交差するデビュー盤『Vertical Ascent』のクールな熱情は、雑踏や台風のやかましいノイズを消し去ってくれるだろう。身体ではなく、そのさらに奥。細胞で感じるダブ—それがモーリッツ・フォン・オズワルド・トリオだ。






2012年6月19日火曜日

ダブステップの実験—その成功と失敗


面目な音楽リスナーなら、ダブステップという言葉にはもはや興味すら失ってしまっているだろう・・・なぜなら、かつてのパンクと同じようにカウンターカルチャーとして生まれたこの素晴らしい音楽が、瞬く間に世界中に広がり、消費されてしまったからだ。それは、即物的な快楽を求めるクラブカルチャーという文化、そしてその渦中にいるリスナーの罪もあるだろう。しかし、全てが終わったわけではない。これもまたパンクと同じように、カウンターカルチャーというイデオロギーに魅せられるアーティストというのは必ずどこかに存在しており、どこかで実験を繰り広げているのだ。

最近のダブステップの実験として最も耳に新鮮だった盤は、ジャケットも素晴らしいAnstamというアーティストによる2011年作『Dispel Dances』。ホラー映画のサントラにも聞こえる不穏なシンセの重なりに、重たいベースとメタリックなパーカッションが容赦なしにたたみかけてくる。まぁ・・・クラブでかかっても誰も踊らないようなダンス・ミュージックだ。とはいえ、今でこそ「ベース・ミュージック」という単純極まりない言葉で括られてしまっているダブステップも、そのサウンドはもともと「Suburb=郊外」に向けられており、万人が共感できる音楽ではなかったはずだ。Anstamはセックスと麻薬を求めて若者が集まってくるクラブハウスではなく、誰もいない夜の暴力的においが漂う路上に対して、最適のサウンドトラックを作り出した。その不穏な響きと現代的なプロダクションは優れた音楽的実験でもあると同時に、間違いなく今の空気感を表現している・・・それも、ダブステップにありがちな「孤独」や「恋愛」といったクリシェに縛られることなく。



成功もあれば失敗もある・・・ということで、ダブステップ界では絶大な人気を誇る<Night Slugs>のJam Cityというアーティストの新作『Classical Curves』を取り上げてみよう。とにかく実験的な作品で、ジャケットから用意に想像できるように、SF映画に登場するロボットや宇宙人が発する音をサンプリングして組み立てたようなサウンドだ。革新的な音だと言うことは確かに可能で、これを聴いて「ぶっ飛んだ」と言う人が出るのも想像に難くない。ただし、それは既に創造された未来を土台にした斬新な表現、つまりは手法の工夫であり、映画『第9地区』と同じように、新たなビジョンを提供するものでは決してない。つまり、10年後にも「革新的」と呼ばれる音楽にはなり得ないということだ。「シーン」を作ることはできても、歴史を作ることはできない・・・今のダブステップには、そういうアーティストが多すぎる気がする。






2012年6月16日土曜日

6月のプレイリスト

1. Fiona Apple "Every Single Night"


2. Hot Chip "Motion Sickness"

3. Bobby Womack "If There Wasn't Something There"

4. Grizzly Bear "Sleeping Ute"

5. Here We Go Magic "Only Places"

6. Peaking Lights "Cosmic Tides"


7. DJ Rashad "Over Ya Head (with DJ Manny)"




忙しい時に効く音楽は何と言っても「ソング」だ・・・という訳で、今月はアンビエントやダブステップから遠ざかり、インディー・ロックやポップの新曲を良く聴いた。中でもFiona Appleの久しぶりのシングルは曲の構成力、気の利いたアレンジ、そしてだだ漏れのエモーションが素晴らしく、若手ボーカルとの格の違いを見せつけた。注目のローファイ・ダブ・デュオ、Peaking Lightsの新作も、意外なほどトリッピーな傑作だった。

他にもLaurel Halo とかSubmotion Orchestraとか聴いたけど、所詮は『Kid A』の呪縛から逃れられない可哀想な子供たち・・・という印象。そういえば、日本のバンドシーンて今どうなってるんですかね。笑





2012年6月13日水曜日

今月の本棚


左から: 『裏アンビエント・ミュージック1960-2010』/『マイルス・デイビス―没後10年 (KAWADE夢ムック)』 /『MUSIC MAGAZINE (ミュージックマガジン) 2012年 04月号/『美術手帖 総力特集/アンディ・ウォーホル 1987年6月号』/『200CD ブラック・ミュージック (立風書房200音楽書シリーズ) 』/ビル ハークルロード、ビリー ジェイムス『ルナー・ノーツ―キャプテン・ビーフハート』/城山 三郎『小説日本銀行』/H P Lovecraft『The Colour Out of Space (Penguin Mini Modern Classics)』/バティスト・ブランシェ/チボー・フレ・ビュルネ『ジダン』/Gabriel Garcia Marquez『One Hundred Years of Solitude』/Edward St Aubyn『At Last.』/Hilary Mantel 『Bring Up the Bodies 』