2013年3月16日土曜日

天才がなれなかったものーJustin Timberlake "The 20/20 Experience"


国のポップ界に彗星の如く君臨してから20年という節目を迎えたジャスティンによる7年ぶり2枚目のソロ作。前作に引き続きティンバランドをプロデューサーに迎え、典型的なポップスからアフロビートまで幅広い音楽性を取り入れたアルバムになっている。ただし、何も考えずに楽しめるようなポップスではない。そう・・・ここにはジャスティンが長いキャリアでずっと抱えてきたジレンマー「優等生」すぎる才能とその限界ーが黒い影を落としている。

NSYNC時代から彼を知っている人にとっては、ジャスティンは常に「シンガー」ではなく「ダンサー」だった。それは彼が本作に先駆けてリリースしたシングル「Suit and Tie」をグラミー賞で披露した素晴らしいパフォーマンスでも明らかで、彼はステージ上で最も輝くタイプの人間だ。つまり、マイケル・ジャクソンと同じく、ポップ界に君臨するために生まれてきた人間なのである。




そんな彼が「俳優」や「コメディアン」としての顔を持つようになったのは、初のソロ作「Future Love Sex Sounds」をリリースし、音楽活動を休止してからだ。そして、実際にそれぞれの役を完璧にこなすジャスティンを見れば見るほど彼が自身の才能をコントロールできなくなっていることが痛いほどわかるようになる。そしてこのジレンマは、「シンガー」として復帰した今回のアルバムで、表現力の欠如として姿を現すことになってしまった。

曲の完成度がここまで高いのにも関わらず、ネガティブな評価をしなければならない作品も珍しい。今作のコンセプトの中核を担っている"Suit and Tie"は近年稀に見る完璧なポップソングで、しばらくはあらゆるダンスフロアや車の中を揺らすだろう。前作とは違い生楽器を担当するバックバンドをつけたことで生まれた"Let the Groove Get In"のや"Strawberry Bubblegum"のクールなグルーヴ感も素晴らしい。それでも、ジャスティンのファルセットを効かせた恋愛やセックスについての歌は、僕のようないたって普通の人間にはとても共感できないような、人工的な匂いのするものばかりだ。

ティンバランドの野心的なプロダクションも失敗の一因だろう。7~8分という長尺の曲をたくさん作ろうというアイディアは、ピンク・フロイドやイエスにハマってた彼が提案したものらしい。しかし、ジャスティンはポップスターである。5分以上のステージでは、魔法は解けてしまうのだ。


2013年3月9日土曜日

ダンスミュージックの現在—DJ Rashad "Rollin"


年"Teklife Vol.1: Welcome to the Chi"で鮮烈なデビューを飾ったフットワークの代表格による4曲入りのEP。今回はBurialやLaurel Halo, Dean Blunt and Inga Copelandなどで知られる今もっともホットなレーベルのひとつ、「ハイパーダブ」からのリリース。結論から言うと、わずか20分足らずの恐るべき名盤だ。

フットワークとはシカゴで生まれたダンスミュージックの一種で、文字通り足をいかに素早く、テクニカルに動かせるかを競う。この「競う」というのがポイントで、ヒップホップと同じく男性的でマッチョな黒人文化だ。つまり、ダンスミュージックでありながら、クラブ・ミュージックとは一線を画す存在として広がったシーンなのである

"Rollin"の最大の特徴はR&Bやダブの要素をふんだんに取り入れることでこうした垣根を取り払い、フットワークのマッチョイズムとこれまでタブーとされてきた「情」とを両立させたことだ。冒頭の"Rollin"ではピッチを上げたボーカルのサンプリングが鳴り響き、上物のシンセがひんやりとしたムードを生み出す。これだけ聴けばウィッチ・ハウスだが、細かく切り刻まれたパーカッションとベース音を組み合わせることで、いかにもフットワークらしい、張り詰めたテンション のある楽曲に仕上がっている。

作曲のスキルにも目を見張るものがある。"Teklife Vol.1"の最大の魅力であった細かいリズム・パターンの変化が"Rollin"ではさらに巧妙になり、ハイライトである"Drums Please"では統一されたテンポの中でシンバル、スネア、ベースがめくるめく拍を変える。片手で数えるほどしか音を使い分けていないにも関わらず、圧倒的な高揚感はどんなに装飾された楽曲をも上回る。そのミニマリスト的なメンタリティーは、足の動きだけで勝負するフットワークという文化そのものだ。

シームレスに流れる楽曲たちはRashadのDJとしての力量を証明するものであり、気づけば20分が終わっている。登場からわずか2年あまり。大衆化しエッジをなくしていくばかりのクラブ・ミュージックをあざ笑うかのように、フットワークは水面下で驚くべき進化を見せている。