七尾旅人 "リトルメロディ"
なぜ七尾旅人がここに来て「歌モノ」に回帰したのか、ということを語る上で避けて通れないのはやはり東日本大震災が彼の音楽活動に与えた影響だ。震災直後に楽曲配信システムDIY HEARTSを立ち上げ、リスナーがある程度自由に値段を付けられる「寄付」形式で義援金を募った。余震が続く中、真っ暗なDOMMUNEのスタジオで演奏し、多くのリスナーの心を揺さぶった。自ら被災地へ行き、数え切れないほどのイベントやフェスへの出演も果たした。間違いなく、YMO/坂本龍一と並び東日本大震災後もっとも精力的に活動し、そして脱原発を訴えたアーティストだ。そんな彼が震災から約1年半の歳月をかけて新作を完成させた。
したがって、本作が震災というテーマで作られており、そのためアコースティックな歌ものを中心に構成されていることに対する意外性はほとんどなかった。ただ、息をのんだのは彼が各曲に注いだ誠実さだ。アメリカ同時多発テロ事件をモチーフに製作された3枚組の大作『911FANTASIA』の抽象性、あるいは前作『billion voices』で展開した千変万化の楽曲たちが茶番に思えてくるほど一曲一曲が丁寧に作られている。決して音感が優れているとは言えない七尾旅人だが、本作では一つひとつの言葉の意味を噛みしめるように歌っている。それは、それまで彼の反原発活動を横目で眺めていた僕のような人間の心さえ傾けるほどの力強さだ。ささやきかけるような「湘南が遠くなっていく」や実験的な「アブラカダブラ」でさえ有無を言わせぬ雰囲気があり、いい加減な気持ちで聴くことは許されない。こうしたタイプの音楽は社会人である僕にとってはリラクゼーションになりえずむしろ苦痛だが、本作は曲のパワーが圧倒している感じだ。
原発の必要性に対する議論にはさまざまな切り口あるが、アーティストという立場からすれば稼働に反対するのは当然であるのと同時に、やや特殊な経済活動をする彼らの言葉が具体性に欠けるのもまた事実である。そのような状況の中でここまで説得力のある言葉を、音楽にのせて届けられるというのは、彼がこれまで築いてきた表現に対するしたたかな努力の成果である。音楽的な面白さには欠けるが、表現という観点から見れば極めて実験的な作品と言えよう。
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