正直、この新人が登場した当時は、実名を明かさないことやリバーブの濃さで注目度が決まるような現在のメディアのあり方を象徴していたように思えて萎えてしまったのを覚えている。まぁ、そう思ってしまったのも、彼のデビュー作『With U』がダウンロードした音源をラップトップでカット&ペーストしただけの稚拙なサンプリングのコラージュにしか聞こえなかったからに他ならない。ウォッシュド・アウトのような淡さも、トロイ・モアのような作曲の巧妙さもなかった。そして、わずか1年足らずでチルウェイヴが消え去ってしまったことを考えると、こうした派生的なジャンルでは音楽の未来は生まれないのではないかと考え始めていたのが最近の僕です。
そんな矢先。この秘密主義者がここまで目覚ましい進歩を遂げるとは、彼のファンでさえ想像していなかっただろう。カルト宗教に目覚めたマウント・キンビーとでも言うべきか・・・前作が暇な時に家で観るB級ホラーだとしたら、フルデビュー作『ヘルド』は1800円を払って映画館まで観に行く価値のある作品である。「ウィッチ・ハウス」の異名に相応しい、凛とした恐怖を作り出すことに成功している。
前作との最大の違いは無駄を徹底的に排除し、音のレイヤー同士の衝突を極限まで軽減していることだ。「ウィッチ」的な要素である全体を覆う霧のようなリバーブ、シャープなリズム、そしてボーカルのカットアップ・・・用いられている音の種類は前作とほとんど変わっていないが、全体的に音数を減らし、一つ一つのオン/オフを極端なほど明確にすることで、逆に重厚な印象を与えることに成功している。"Inpouring"といった短い楽曲が、その成果を如実に表している。こういった種類のアーティストにしては珍しくアルバムとしてのまとまりもある。後半の核となる表題曲"Held"ではテンポがスローダウンしたあとにアコースティック・ピアノまで導入されて、ロマンチック、といったら大袈裟だろうが・・・カルト的な世界観を評価されたアーティストにしては驚くほど素直な表現だ。
今作のリリースに伴って行われた「ステレオガム」のインタビューで、ホーリー・アザ—はデビュー作での唐突なサクセス・ストーリーについてこう語っている。「最初はただの趣味だったんだ。こんな風に僕の人生を変えるとは思ってもいなかった」。チルウェイヴが誕生した数年前にも同じような話を何度も耳にしているが、前作で獲得した評価、そして今作に対する期待が、彼が真面目に音楽に取り組む姿勢を築いたことは間違いないだろう。音源をリリースするのに金も労力も必要としない現代では、音楽は志すものではなく、すくい上げられることで初めて見えてくる選択肢なのかも知れない。そういった意味では、僕が毛嫌いしていたメディアも一定の役割を果たしたと言えなくもない・・・もっとも、この作品の唯一かつ重要な問題点は35分という短さで、個性の裏返しである単調さを出さないためにはこれが限界だったのだろう。「ウィッチ・ハウス」というタームが消滅しているであろう次作の制作時にどこまでこの軸をキープするのか、今から楽しみだ。