2012年5月28日月曜日

菊地雅章/ポール・モチアン/吉田達也/マイルス・デイビス




Masabumi Kikuchi Trio 『Sunrise』


ャズが好きな人から「好きなジャズの曲は?」と聞かれれば迷わずマイルスの"Fall"と答えるが、ファンク好きから同じ質問をされたら菊地雅章の"Gumbo"を挙げるかも知れない。菊地は日本でエレクトリック・マイルスのサウンドを洗練/深化させた第一人者として知られているが、その洗練されたポリリズムの構築美はむしろ混沌としたエレクトリック・マイルスにはない魅力である。中でも1998年に制作された代表作『Susto』は他の追随を許さない完成度を持っており、僕は初めて聴いた瞬間、『On the Corner』や『Bitches Brew』より大きな衝撃を受けた。

そんな菊地の初のECM録音が発売されると聞いて久々にわくわくしたが、それが昨年11月に惜しくもこの世を去ってしまったポール・モチアン(ビル・エヴァンス『ワルツ・フォー・デビー』などのドラマーとして有名)の最後の録音でもあると知ったとき、僕の頭に浮かんだのはやっぱりマイルスだった。エレクトリック・マイルスのサウンドを発展させた菊地と、マイルスのピアニストとして名を馳せたエヴァンスの右腕として活躍したモチアン。この2人が今になって出会い、共演したということ自体が、マイルスの残した功績を改めて物語っている。

さて、コンポーザーとしての菊地の魅力にしか触れたことがなかった僕にとって、ピアニストとしての菊地に焦点が当てられた今作は非常に新鮮な驚きで満ちていた。強烈にスイングする彼のピアノは、時にキース・ジャレット並みにやかましいうなり声とともに、演奏を静かなカタルシスへと導いていく。そこにリズムではなくフレーズとしてドラムを付け足すモチアンは、死の直前だとは到底思わせないような軽快なプレイを展開している(個人的なハイライトは、マイルスの名曲"So What"をモチーフにした"So What Variations")。静かな、凛とした雰囲気はさすがECMといったところだが、その中でもしっかりと「グルーヴ」を感じさせることができるのは、この3人の化学反応が成功であることを物語っている。




Tatsuya Yoshida 『Drums, Voices, Keyboards, & Guitar』

次に耳にしたのが、偶然にも菊地雅章のSlash Trioというバンドでドラマーを務めている吉田達也のソロ・アルバム。この人に関しては、ルインズというバンドを結成したアヴァン・プログレ・ドラマーだということぐらいしか知らなかったが、(ルインズの作品は一枚も聴いたことがない)この路線で世界的に支持されているボアダムズ同様、音楽としてとにかく面白い。『Drums, Voices, Keyboards, & Guitar』と名付けられたこの作品は、その名の通りドラム、ボーカル、キーボード、そしてギターによる即興演奏集だが、実際はカリンバといった楽器にもアプローチしたり、さまざまなエフェクトを駆使したりと、その音楽性にはただ驚くばかりだ。13曲目の"Vonisch"はOneotrix Point Neverの名盤『Returnal』の1曲目にサンプリングされているし、ドラムと声の実験からなる"Drums_Voice"シリーズのあとの第2章の一部なんかは、なるほどドローンとして聴くことも可能だ。ドラムに大量のリバーブやらディレイやらディストーションをかけていく第3部はもはやパーカッシブな要素がなくなりベースやギターに聞こえる瞬間もあるし、自分がドラムをやっていたらかなり影響を受けていたかも知れないな・・・


菊地にしろ吉田にしろ、結局のところ、ひとつの楽器とひたすら向き合うという作業はジャンルや音楽性といった言語的な要素の強い側面をあくまで派生的なものとみなし、自身の「表現」をより強固にしていくのだろう。それが真の音楽家のあるべき姿だと思うし、彼らの音楽を聴く度に、僕は自分に問いかける。「お前は一体何がやりたいんだ?」と。

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