アートワークをひと目見た瞬間、この作品が前作『TOTAL
LIFE FOREVER』の続編なのではないかと感じた。馬にまたがる5人の騎士が海に向かってゆっくりと進んでいく様子を描いたこの画からは、前作では海中でもがいていた5人のメンバー(ジャケ参照)がたくましくなって地上に帰ってきた—そんなストーリーを連想することができたからだ。そして実際に、今作は彼らが新たな飛躍を遂げたことを決定付ける一枚となった。誤算だったのは、アートワーク以上に演奏がその事実を物語っていたことだ。
2008年、オックスフォードから彗星のごとく登場したフォールズのデビュー作『Antidotes』が素晴らしかったのは、ミニマリズムに敬意を払いつつ踊れるロックを鳴らすことができたからだ。最大の特徴は真空パックのように圧縮された演奏。「上手い」とはお世辞にも言えないが、勢いがありつつどこか冷静な温度感は、ダイナミズムとは無縁の不思議なものだった。
ファーストにして既に自分たちのスタイルを完成させてしまったというジレンマに陥った彼らが選んだのは、(多くのバンドのように大きく方向転換するのではなく)持ち味のミニマルな演奏をさらに研ぎ澄ますという鍛錬の道だった。3年後に発表された2作目『TOTAL・・・』には贅肉がそぎ落とされた強靱な音が鳴り響いた。多くのメディアはこうした変化を「新たなステップ」と絶賛した。
ただ、今聞き返すと、デビュー作とは比較にならないほど凝ったプロダクションが、彼らの「強靱さ」に一役買っていたことは否めない。ダーティ・プロジェクターズやフォー・テットといった当時周辺にいたアーティストからの影響を強く感じられるのもまた事実で、この時点で彼らが「脱皮を遂げた」と言うのはまだ早かったのかも知れない。
こんなことを思ってしまうのは、今作があまりにも強力な「軸」を持っているからに他ならない。“Prelude”と題された、文字通り本作への入り口となるインストを聴き終えると、シンプルな演奏から滲み出る技量にバンドの進化を感じずにはいられなかった。象徴的なのはリズム隊。デビュー作ではギターのアンサンブルについていくのが精一杯だった感のあるベースとドラムが、今作ではむしろ曲に性急を付け、全体をコントロールしている。強力な土台の上で2本のギターは一層淡々と、しかし一層自由に、浮遊している。
先行シングルとして聴いたときは今イチな印象を受けた “Inhaler”や “My Number”といった曲たちも、彼らの意図が明確なこのアルバムの一部として聴くと非常に納得のいく仕上がりになっている。『TOTAL・・・』がボクサーにとっての減量のような作業だったとすれば、今回はその鍛え上げられた肉体にもう一段筋肉を増強していく、ヘビー級へのチャレンジだと言えるだろう。ハードロックやメタルを取り込みヘッドフォンにたたみかける前半では、その成果が如実に表れている。
さらに “Out of the Woods”以降の後半では、『TOTAL・・・』で獲得した繊細な音のバランス感覚にも磨きがかかっていることが伺える。 “Milk&Black Spiders”では木琴とギターの絡み合いの上にシンセが丁寧に重ねられていき、最後は弦楽器まで挿入されるという懲り具合。もはやレディオヘッドの曲と比べても遜色ない、熟練の域に達している。
最終曲“Moon”の淡いアンビエンスで幕が下りるまで約50分。『TOTAL・・・』とほぼ同じトラックタイムにも関わらず大分短く感じられるのは、このアルバムが世界観を築いている証拠だろう。キャッチーさという点では『Antidote』や『TOTAL・・・』に及ばないが、彼らの成長を見守ってきたファンにとってはこれ以上ない魅力に溢れた一枚だ。